他の誰でもいいなんてビールの販売価格に関する報道に際し、大手スーパーの幹部クラスの人間が、以下のような発言をしたことがある。 「生鮮品と違い、ビールは同じ銘柄ならどこでも中身が同じ。価格は重要」(大手スーパー幹部) これはつまり、国内ビール会社のほとんどが、「どれを飲んでも同じ」程度の魅力しかないビールを作り続けているということに他ならない。「どれを飲んでも同じ」だからこそ、消費者は価格で選ぶ。消費者が価格でビールを選んでいるからこそ、ビールの値上げはできないし、価格の安い発泡酒の売上が伸びている、と。 しかし、例えばカクテルの世界では、レシピに「ホワイトキュラソー(オレンジのリキュール。ケーキや菓子を作るときにも使う)」と書いてあっても、「コアントロー」と他社の「ホワイトキュラソー」を使ったのでは、異なった味のカクテルができるのが当たり前である。例えば、カクテルの代表格であるマティーニ。これはヴェルモットとジン(とオリーブ、レモン)だけのシンプルなカクテルだが、ジンの銘柄の選び方やヴェルモットの選び方、その配分の仕方、ステアのやり方(混ぜ方)で全然違った味のものができるし、本当にマティーニの好きな人間は、自分だけのレシピをもっているものだ。だから店ごとに味が違うし、ちゃんとしたバーのマスターは自分の店の味を出すためにかなりこだわって酒選びをするのである。もちろん、マティーニに限らず、全てのカクテルにはこだわりのレシピがあって当たり前なのだ。 ちなみにマティーニに関しては、以下の4つの記事が参考になるだろう(いずれも夕刊フジブログの記事)。
銀座6丁目「ル・ヴェール」
私は銀座がテリトリーではないから上記のバーに行ったことはまるでないし、銀座で酒を飲めるほどの裕福な生活をしてしないし、社会的地位があるわけでもない。ただ、たった 90ml の世界を作り出すだけのために、何年も、時には何十年もの年月をかけて自分だけの世界観を完成させる人たちもいるということに、魅力を覚えるのである。このバーのマスターたちは、いずれも自分だけの店と、自分だけの出せる味を持った人たちである。発泡酒などという大企業メーカーの「酒」と呼ぶのも恥ずかしいような製品の話題で上記の4つのバーの紹介記事にリンクをはってしまうのは申し訳ないくらいのこだわりである。 人間の価値は、コンピューターゲームのステータスや属性値のように、単なる数値で表せるものではない。数値上はどんなに小さなものでも、その中に「大きな価値」を籠めることができるのが、人間だけが持っている大きな特徴だと思っている。そして、「アート」というものは、まさにその人間だけが持つ大きな特徴を最大限に発揮する可能性をもった、1つの行為なのである。 色や形、点や線、画材や素材がもつ価値を、アーティストは自らの個性と感性で組み合わせ、別のものに変えることによって、さらに大きな価値を生み出してゆく。アーティストとして生きようと決意したのであれば、上記に挙げたビール会社のような「どれを飲んでも同じ程度の魅力しかない」程度の作品を生み出して政治力によって高額の金を稼ぐのではなく、小さな店の中で「何年も、時には何十年もの年月をかけて自分だけの世界観を完成させる」ような、ほんの小さなものにでも自分の感性で大きな価値を見出すことのできるような、そんな生き方をしてほしいものだと思っている。
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