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良い作品を作る

自分が描いたデッサンについてのアドバイスを先生から受けようとしている生徒が、一人いたとしよう。先生から様々なアドバイスを受けた後に生徒が言った言葉が、「自分は基礎がなってないから、基礎からやりたいんです」。入試を数ヶ月後に控え、学科に関して、あるいは実技に関しても自分の思う通りにうまくいかなくなると「自分が基礎がなってないから基礎からやりたい」と言い出す生徒は、実際、秋口から冬にかけて、非常に多くなってくる。

しかし、先生の側から色々と突っ込んでその生徒の話を聞いてみると、結局のところその生徒が求めているのは「基礎を勉強したい」ということではなくて、「うまく描けるやり方を教えてくれ」ということだったりするのである。自分のデッサンがうまく描けないから、うまくデッサンができるやり方を教えてくれ、と。あるいは、授業についていけないから、自分だけ何か他のことをやらせてくれ、と。

先生の側として、このような場合に言いたいことは、実にたくさんあるだろう。「この時期に基礎からやり直すんじゃ遅い」「集中して描いていく中で自分の足りない部分を埋めていくしかない」「良いデッサンを描こうと思っていれば、自然に描けてくるものだ」などなど。ちなみに、このようなシチュエーションに陥った時に、私が耳にした最良の言葉は、次のようなものなのである。

「っていうか、良い作品を作ることこそ基本だろ?」

デッサンは、自分が色と形と光と影をどう見ているかを「自分自身で」探ってゆく作業だ。だから「他人から」うまく描ける描き方を教わってしまった時点で、それはデッサンではなくなってしまうのだ。つまり、自分で色と形と光と影の真実を見つけ出していくことを放棄しているわけだから。デッサンの授業では、講師も基本的には行き詰まったものの見方しかできなくなっている生徒に対して、新たな方向へ進む可能性(ヒント)を示してやることしか示さないこともしばしばである。で、生徒がそのヒントをもとに新たな方向へ進み始めたときに、デッサン力なるものがついてくるわけだ。

さて「良い作品」である。何事に関しても「良い」ものを作ろうと思えば、無意識のうちにいろいろな視点で対象を眺め、素材の良さを最大限に引き出し、時には批判的な目で欠点を見つめることでより良いものへの可能性を引き出し、自分のやろうとしていることを隅々まで考えずにはいられないはずである。それこそがものを作る人間に必要なことではないのだろうか。

「教わる」とは、他人の力で自分に実力をつけようとする行為である。「うまく描くやり方」を教わってそれをつなぎ合わせたところで、良い作品など絶対に作れはしない。見る人が見れば「うまく描くやり方」を張り合わせたつなぎ目の「うまく描けていない部分(良く描けていない部分/色と形と光と影の真実を見つけ出せていない部分)」が露に見えてしまって,その落差の大きさが痛々しく目に映るだけなのである。

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